MickeyTounoのブログ

離婚紛争の理不尽を忘れないために

終わりの始まり - これは作り話2 -

私は今、とあるプロジェクト管理コンサルティングサービス会社で、ITプロジェクトマネジメントのコンサルタントとして働いている。社会人になった時は、今も存在している某大手ゲーム会社の店舗(ゲームセンター)に勤務していた。

そのゲーム会社では、店舗勤務はローテーション制で、一定期間ひとつの店舗に勤めたら同じ営業所管轄の別店舗に異動となる。私は当時福岡県の北部を管轄する営業所管内の店舗に勤務していて、1年間で3店舗程度に勤務した。妻と出会ったのは3店舗目に勤めていたときだった。

ゲームセンターといっても特色は店舗ごとに様々で、昔の薄暗いいわゆるゲームセンター(ご同輩はテーブル筐体をイメージされるだろう)も生き残っていたが、私が勤めていたゲーム会社ではより大規模な店舗や郊外型と言われるアミューズメント施設を展開していた。私が3番目に配属された店舗は、敷地の隣が競馬場で、レースが開催されているときは競馬ファンでごった返す。店内にも、馬のぬいぐるみを投入したクレーンゲームが大人気だった。

当時の妻は、その店舗に勤めるバイトの大学生だった。全く派手ではなく、人当たりの良い感じではなかったが、私は惹かれた。

ゲームセンターは営業時間が長く、深夜12時まで営業していた。閉店作業を終えると、12時半前後になる。私はしばした店を閉めたあと、残っていたバイト達を連れてラーメンを食べに行った(何せ福岡である)。そして、当時の妻をよく車でアパートまで送っていった。その店舗に勤め始めてからどのくらいたった頃だろうか、私は妻に告白し、妻も受け入れてくれた。

交際をはじめてから最初に行ったことは、妻のバイトをやめさせることだった。夜遅くなる職場だし、そもそも治安の良くない地域だ。妻はゲームセンターではなく、大学近くの中古ソフト屋のバイトを始めた。