MickeyTounoのブログ

離婚紛争の理不尽を忘れないために

ひとヤマ越えた

10月16日(つまり昨日)、第4回期日で2か月ぶりに裁判所に行ってきた。結果的に大きく進展することとなったが、これは私がそうなるよう意図したものだった。

前回期日以降、私は心身に異常をきたし結果として職を失うことにもなった。最大の理由は妻による脅迫というのが相応しい挑発行為によって精神的安定を失い、正常に業務を遂行出来なくなったことだ。にもかかわらず妻には経済的自立の意思がなく、自分の師匠の『やりたいことを諦める必要なんかない、全部取っちゃえ。カネは相手から搾り取ればいい』という言葉に従い仕事という名目の趣味に邁進している。それでは子供の生活が成り立たないから、私は何とかして子供の養育環境を維持するため一日も早く仕事に復帰出来るよう、自分の健康状態を回復させることを最優先することにした。これは私の場合、以後の面会交流実現を諦め、妻との連絡を一切発生させなくすることを意味する。

このようなアプローチにより、昨日めでたく離婚と親権者を妻とすることでとりあえず離婚を成立させることに合意できた。親権者についてはこのブログでも当初から書いていた通り、そもそもこちらの主張が受け入れられる可能性はなかったわけだが、妻の側がこの調停を恐れて私と子供との面会交流を拒否し続けたことは、私にとってポジティブに作用した。離婚の成立にあたり、私と妻の双方が主張していた慰謝料請求を取り下げたが、その結果私が申し立てている面会交流調停とこれに関連する慰謝料請求の申し立てだけが残ることとなった。無論、慰謝料請求が認められるというのは非常に高いハードルであるし、その可能性は低いが、2か月後の次回調停まで震えているがいい。ざま見よである。今は妻に対してさっさと離婚届を出せと思うばかりだ。

無念だが

私は結婚してからの19年間、ただ一人の家計支持者だった。妻にはできるかぎり子供と一緒にいてやって欲しかった。そのために、家計を支えることを自分にとっての最も大事な責任と考えてきた。どんなに苦しくても仕事を放り出したことはない。結婚して以来妻はそのことに感謝と労いをしてくれた。子供もそうだった。だが過去2年間、妻から労いの言葉を聞いたことはない。それでも家族のため仕事を頑張ってきた。子供たちの「行ってらっしゃい」と「お帰りなさい」だけが私を支えてくれた。
妻が子供を連れて家を出て以来、それもなくなった。それでも頑張ってきたが、やはりだめだった。私は仕事を続けられる状態を維持できず、成果をあげることができなかった。私のキャリアで初めて、顧客から契約を解除された。

会社は私が戦力にならないと判断し、休職を勧めてきたが、私は顧客や会社、同僚に迷惑をかけた自分を許せなかった。しかし自分が本来のパフォーマンスを発揮できるとは到底考えられなかった。だからもっと負荷のかからない仕事に変えることを考え、転職活動を始めた。だが、今の心身の状態ではどのみち正常に業務を遂行することはできない。かといって私には自分の都合で仕事を放棄することはできない。妻に経済的自立の意思がない以上、子供の生活環境を維持するためには私が仕事をするしかない。

私の心を最も乱すものは、面会交流に関する妻の要求だ。これを目にするたび、私は怒りに我を忘れ自分を見失ってしまう。そして数日間にわたってほとんど仕事ができない状態になってしまう。妻の意図は明白だ。私が到底受け入れられない条件をつきつけ、子供と会いたければ要求をのめ、子供に会わせるか否かを決定する権利を持つのは自分であるという姿勢を私に見せつけることだ。それは極めて不合理なことであるが、私にはどうすることもできない。法はそのような妻の振る舞いを権利として許し、咎めることをしない。私にできることは新たな法的手続きを申し立てることだが、それ自体が数か月以上の時間を要するものであるため、結局妻はやりたい放題なのだ。しかも、法的手続きの結果得られるものはわずかなお金だけだ。

私は自分にできることがないと認めるほかない。私のただ一つの目的であった裁判所による事実認定の希望は絶たれた。私は自分の正当性を今でも確信している。だが法は妻の不当を咎めることはしない。罰則がないのだ。子供のため私がすべきことは、一刻も早く離婚を成立させ、妻とのやり取りを完全に終結させることだ。そしてそのために、私は面会交流を求めないことにした。私が指定する条件は一つ、長女が会いたいと望んだ時、望んだ場所で望んだことをする、そのために会いに行く。こうすることで、妻は「子供を私に会わせない」という実を得ることができ、私は「長女に会えるのも会えないのも、妻の要求ではなく長女の意思だ」と納得することができる。

私にはこの終わらせ方しかないような気がしている。

死ぬことは常に私の選択肢として存在している。だが、死ぬことはいつでもできる。その前に、少しでもできることをやっておきたい。
無念であるが。

本当に、無念であるが。

もう無理かもしれない

妻からの回答が来た。

・月に1回、4時間以上は子供に会わせない
・自宅に立ち寄ることは許さない
・今の暮らしについて聞くことは許さない
・衣服を買い与えない。高額なものも買い与えない。
守らなければ二度と会わせない

もしもこの世に公平・公正・正義を司る神がいるならば、お願いだ。妻を正しく裁いてほしい。今のわが国の司法は、妻の非道を正しく裁くことはしない。法の運用者は司法の裁きが正しいのだと言う。私は一般人の正義感として、司法の法運用は公平・公正ではないと感じている。
そして私を殺してほしい。
妻は言っているのだ。「私こそがお前に子供を会わせるか否かを決める権利を有しているのだ」と。
なお妻はフルタイムで額面月13万円の「仕事」を行うそうだ。仕事に貴賤はないし、そのような仕事に従事している人も大勢いることだろう。だが、あえて言う。妻には経済的自立の意思はないと。2人の子供を持ち、そのうち1人は大学受験を控えた高校3年生であるにも関わらず、まだ経済的自立の意思がなく、自らの趣味に時間を費やしている。子供を図書館に残し、ハロワ詣でを行い、そして「私もフルタイムワーカだ」と胸を張って年収160万の「仕事」をし、そして趣味に没頭する。これが妻の周到な計画だ。子供を連れ去り、父子の正常なコミュニケーションを一切遮断し、子供に虚偽を吹き込み、夫を心理的、経済的に攻撃する。そして自らに跪かせる。私が死ぬことで妻の計画は完遂するのだろう。勝利の凱歌をあげるのだろう。

これまで、妻に対する激しい怒りだけが私が生きていられるエネルギーだった。だが、もう無理かもしれない。心身を病み、仕事も失い、子供は不当に奪われ、カネはすべて吸い尽くされる。私にはもうこれ以上戦う力が残っていない。

私は自らの正当性、合理性を信じている。妻は私を2度にわたって殺害しようとし、配偶者としての役割を放棄し、そしてそんな自分を正当化し私からすべてを奪うために子供を奪った。それでも、妻はすべてを手に入れられるのだ。何故?そういう国だからだ。

妻の代理人である弁護士先生、私は今まで一度たりとて先生のことを軽んじたり、蔑んだりしたことはありません。必要なら私の代理人に確認してください。私は先生がその職業倫理に従い、職務に忠実に依頼人の利益のため業務に邁進されてこられたのであろうことを理解しています。

ただ、もしも先生に家族があるなら、その家族には知ってほしい。先生が行ったことにより、法的、道義的、倫理的に明らかに非道である行いを繰り返したものがすべてを手に入れ、法によって守られる。そして不当に奪われた側の者はすべてを失って死んでいきます。あなた方は、先生がそのような依頼人から得た報酬で生計(の一部かもしれない)を立てている、そのことをしっかりと認識して、生きてください。
先生、私はあなたを憎むことはしません。あなたも職務に忠実であっただけだと分かっています。ただ、この国の法運用は明らかに不公平だと私の一般人としての正義感は言います。遠からず私はあなたの依頼人の非道の前に屈し、全てを失うことを認めることになるでしょう。しかし、必ずや正義が貫かれると信じます。神でも人でもいい。あるいはそれ以外の何かでも構わない。必ず非道の限りを尽くしているあなたの依頼人であり私の妻に天罰が下ることを。

妻が行ったことについて、私が手に入れたすべての証拠と私が認めたすべての文書を、それを知りたいすべての人が得られることを「祈ります」。

私は一人で死んでもいい。ただ、神でも人でも何でもいい。正義の裁きを妻に与えてください。この不条理を、理不尽を、不合理を天下に知らしめ、妻と妻の行いを助けた者に正しく罰を与えてください。
どうか、お願いします。

そして拒否

子供の受け渡しには立会人が必須といって、前回面会から1ヶ月以上絶対に会わせないといっている妻裕子だが、自身は長女を数時間にわたって図書館に残し、ハロワ詣でをしている。つまり、受け渡しに立会人が必要というのは欺瞞なのだ。

さて、このふざけた提示に対しこちらは

・9月1日に面会させろ。立会人が必要ならそっちが出せ
・9月15日は宿泊を認めろ

と回答した。案の定 、

・9月1日とかどんだけお花畑なんだ会わせるわけねえだろ
・宿泊とかどんだけお花畑なんだ許すわけねえだろ

という回答である。

想定通りである。

怒りで我を忘れそうだ

妻(さっさとこの関係から脱却したい)の代理人より私の代理人宛てに、以下の申し出がFAXで届いた。

・妻としては、子供の受け渡し時に立会人が必須である。9月に妻の母がやってくるから、その時に会わせてやる。日程は9月15日(土)である。

一瞬で脳が沸騰した。私は何の宗教も信仰していないが、どの神でもいいから、妻を地獄に送ってくれないだろうか。

妻は私を2度殺害しようとした。だが何の罰も受けていない。ならば私が妻の地獄行きを願うことに何の罪があるというのか。

絶対に許さない。

絵手紙5通目とminne

というわけで絵手紙5通目である。今回はパステルオンリー(一部えんぴつだが)だ。

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絵手紙5通目

次回以降も、できるだけパステルを使うようにしようと思う。

そういえば、妻は趣味のパステルで仕事の真似事をしたいようで、minneという個人向けマーケットプレイスプラットフォームで作品の販売をするようだ。
実は私には、パステルアートのインストラクタ資格を取った時から(というかその前から)ある目的があった。それは、とあるテーマ・モチーフでパステルアートの作品を作成し、それをアナログおよびデジタルで提供するというものだが、あえてこのようなプラットフォームに乗っかるというのも面白いかもしれない。

さて第3回期日

そして第3回期日である。
8月20日、家裁に赴いた。今回の私の方針は明確である。これまでの議論において、私が重要視する「妻の行動の動機」については一切議論されていないことから、調停という枠組みにおいては私が受け入れられる話し合いが為される可能性は低く、何より子供たちのために早期の離婚成立を目指す私はこれ以上調停を続ける意義を見出していない。そこで調停を不成立で終了させるようその意思表明をする、という方針だ。

裁判所から指定の時間は13時15分であったが、今回は代理人である弁護士先生が早めに来られた。私はいつも指定時間の1時間程度前には到着しているのだが、先生は割とギリギリの時間に来られていたので、少し驚いた。おかげで調停の議論が始まる前に、少し先生と話をすることができた。
その後調停員に呼び出され、話が始まった。

今回は、以下のような流れであった。

1. 子供に対する聞き取り調査の結果を調査官より報告

長男は聞き取り調査に対して、父を嫌っており、会いたいと思っていないと答えたそうだ。本当に残念だ。残念だが、ともかくそれが今の長男の偽らざる気持ちであるならば、私はそれを受け入れなければならない、それが父としての責任であると思っている。私はそのように調査官に伝えた。そして、長男に対しては、そのように思わせることになってしまって本当に申し訳ない、これから先父から君に会いたいと願うことはないから安心してほしい、と伝えてもらうよう言った。
親として子供の気持ちを受け入れることは当然だと思っている。しかし、そのような状態になることを願い、父から完全に隔離して一方的に虚偽の情報を子供に伝え続けた妻のことは絶対に許さない。その気持ちを新たにした。

2. 今後の進め方について、こちら側の意思は事実認定である。現在の調停ではこの点について全く議論されていないので、こちら側としては調停の不成立による終了と裁判手続きの開始も辞さない気持ちである、と表明

調停員は、「内容は理解した。妻側および裁判官も含めて相談する。」とのことだった。

3. 8月4日に最初の面会交流を実施した。長女は別居前と変わらず楽しそうであった。聞き取り調査の結果でも、長女には父と会うことになんら後ろ向きでないことが明らかになっているが、次回面会交流について打診したところ裕子側は拒否の姿勢を示した。これまでにも繰り返し指摘しているが、現時点においても同様である。調停員、裁判官としては妻、および代理人の廣部弁護士をどのように指導しているのか?と質した。

調停員は、この点についても裁判官と相談すると回答した。

この後退出し、妻側が調停員と話をした。その後で、調停員が待合室に来て、私の代理人である弁護士先生だけを呼んだ。裁判官を含めた相談をしたとのことだ。この相談は確か1時間程度だった。話し合いの内容は先生によると、

4. 面会交流については、裁判官より「面会交流調停を申し立ててほしい」との話があった。これについては、現在こちらから「監護者指定調停」を申し立てている関係上、それと矛盾することになるのではないか、と先生が指摘したところ、矛盾しないように取り扱うので申し立てをしてほしいとのことであった。(これは、裁判所としてより強く面会交流の実現に向けて行動するという意思の表れである。)

5. 事実認定については、現在の調停においても、その後の裁判においても、私の望むような事実認定が行われるわけではない。離婚紛争において、事実の確認が必要なのは慰謝料の認定のみであるが、裁判官は、明らかに両者に対して慰謝料請求が認められない場合には、一つ一つの事実について細かく確認することをしない。実際に慰謝料請求を認めるようなケース(悪質性が高い場合)においては、一つ一つに事実を認定するが、今回のケースではそれはないと思われる(思われる、と言っている理由は、裁判になった場合、担当する裁判官は現在調停を担当している裁判官とは別の人になるから、だそうだ)。

6. なお、調停員と妻との話の中で、面会交流を拒否している理由について調停員が尋ねたところ、私と会いたくないから、とのことであった。私と会わないような面会交流の実施は単純に方法論の問題であるので、双方の代理人を通じて相談してほしい。なお、妻は代理人など第三者がいない場合、長女が不安になる、などの懸念があると発言したそうだ。
これについては、明らかに子供の福祉(利益)よりも自身の意思を優先しており、全く正当性がない、と繰り返し先生から強く指摘していただいた。

私は、この「夫に会いたくないから立会人がいなければ面会を認めない」「立会人がいなければ長女が不安がるかもしれない」という発言に、憤りを禁じ得なかった。
これまで妻が主張してきた、正常な面会交流を拒否する理由は以下の通りだ。

1. 妻の居所を私に知られたくないという理由でFPICを利用した面会交流でなければ認めない。(平成30年4月12日)
2. 私が長女に制服を買って着せたのでFPICを利用した面会交流でなければ認めない。(平成30年4月23日)
3. 離婚成立前にはFPICを利用した面会交流でなければ認めない。離婚成立後であればFPICの利用は求めない(平成30年4月27日)
4. 妻が私と会いたくないのでFPICを利用した面会交流でなければ認めない。(平成30年8月20日

という具合に、面会交流を拒否する理由も一貫性がなく、さらに、FPICを利用することが正当化される根拠はただ一つ、非監護親による子供の虐待の蓋然性がある場合だが、これはあり得ないことが明らかだ。にもかかわらず妻は今もって子供をひたすら私から遠ざけている。

私は生涯この女を許さない。私に本当によくしてくださった、娘を頼むと言ってくださった義父(妻の父、すでに鬼籍に入っている)への恩返しのためにも、この女には必ず責任を取らせる。女だから子供を連れて逃げれば勝利する。専業主婦だからカネを夫からせしめて人生楽勝、自分は好きな趣味を楽しむ悠々自適の生活、などという人生を必ず終わらせる。そのためなら、神など全く信じていない私も神に祈ろう。どうか妻に正義の鉄槌を下してくださいと。私が自力救済という道を選択しなくてすむように。